東京ディズニーランドのトゥーンタウンを歩いていると、ガラクタをモチーフにした愛らしい建物の向こうに、どんぐり型のコースターがくるくると駆け抜けていくのが見えます。それが「ガジェットのゴーコースター」。一見すると小さなファミリーライドですが、その裏には精巧なバックストーリーと、イマジニアたちの妥協なき情熱が凝縮されています。今回は、このアトラクションの世界観・開発秘話・トリビアを余すところなく掘り下げます。

ガジェットのゴーコースター 基本情報
まずは、アトラクションの輪郭を形作る基本情報を整理します。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | ガジェットのゴーコースター |
| 英語名称 | Gadget’s Go Coaster |
| 所在地 | 東京ディズニーランド / トゥーンタウン |
| オープン日 | 1996年4月15日 |
| ライドタイプ | ジュニアコースター |
| 所要時間 | 約1分 |
| 定員 | 16名(1台あたり) |
| モチーフ作品 | チップとデールの大作戦 レスキュー・レンジャーズ |
| スポンサー | トゥーンタウン全体:株式会社講談社 |
身長90cm未満は利用不可。7歳未満のお子様が乗車する場合は、保護者(16歳以上)の同伴が必要です。高血圧・心臓疾患・妊娠中の方もご注意ください。
バックストーリー — 天才発明家の庭へようこそ
トゥーンレイクのほとりに住む、ガジェット・ハックレンチ
このアトラクションの舞台は、トゥーンタウンの奥深く、ミッキーアベニューに面した穏やかな「トゥーンレイク」のほとりです。ここに暮らしているのが、1989年〜1990年に放送されたディズニーのテレビアニメ『チップとデールの大作戦 レスキュー・レンジャーズ』のヒロイン、ガジェット・ハックレンチ。レスキュー・レンジャーズの天才メカニックであり、身の回りの「ガラクタ」を再利用して革新的な乗り物や道具を生み出す、ハツカネズミの女の子です。
彼女の才能を知ったトゥーンタウンの住民たちは、家で不要になったさまざまなガラクタを次々と持ち込むようになりました。その庭に敷設されたコースターこそが、このアトラクションの正体です。
ベルトコンベアーが生んだ、偶然のスリル
庭に溜まり続けるガラクタを整理・運搬するため、ガジェットは「ベルトコンベアー」を開発しました。ところがトゥーンたちは作業を手伝うどころか、そのベルトコンベアーの上に自ら乗って遊び始めてしまったのです。
この遊びはたちまち大流行し、ガジェットの家の前にはコンベアーに乗りたいトゥーンたちの行列ができるように。心優しいガジェットは「みんながもっと安全に、そしてエキサイティングに楽しめるように」と一念発起し、そのベルトコンベアーを改造してスリリングなゴーコースターへと生まれ変わらせたのです。
「ゴーコースター」という名前の由来は、完成した装置を見たグーフィーが「グワァ〜 コースターみたいだ(Go Coaster…)」とつぶやいたジョーク交じりの発言からそのまま命名された、という微笑ましいストーリーが一部の公式ガイドブックで語られています。
ゲストは「ネズミサイズ」のテストドライバー
アトラクションの敷地(キューライン以降)に足を踏み入れた瞬間、ゲストはガジェットやチップ&デールと同じ「ネズミのサイズ」に縮小しているという世界観設定になっています。そのため、待ち列やコース周辺に置かれた人間用の日用品——ハサミ、定規、ボルト、歯ブラシなど——はすべて「超巨大な建造物」としてそびえ立つようにデザインされています。
私たちの役割は、「ガジェットの新しい人間の友人」として招かれ、彼女がドングリを再利用して作った最新コースターのテストドライバーを務めること。この設定を知るだけで、待ち列を歩く体験そのものがまったく違って見えてきます。

開発秘話 — イマジニアたちの挑戦
「生まれて初めてのコースター」を作るという使命
1990年代初頭、ウォルト・ディズニー・イマジニアリング(WDI)の調査により、「未就学児を連れた親は、幼児向けアトラクションが少ないと感じてパーク来園を遅らせる傾向がある」という重要なインサイトが得られました。この課題を解決するために企画されたのが「ミッキーのトゥーンタウン」であり、その核心として「子供たちが生まれて初めて乗るコースター」が必要であると決定されたのです。
怖すぎず、かつ適度なスリルがある——この絶妙なバランスを実現するため、イマジニアたちはゼロからの開発ではなく、既存の優れた機体にディズニーのテーマを被せる方針をとりました。
ドイツの遊園地でのテストライドと、ガジェットとの出会い
調査の結果、オランダの遊園地用コースター製造大手「ベコマ(Vekoma)」社の「Junior Coaster 207m(別名:Roller Skater)」が最適と判断されました。WDIのクリエイティブ・ディレクター、ジム・シュル(Jim Shull)らはこのプロトタイプが稼働しているドイツの遊園地「ラスティ・ランド(Rasti-Land)」を実際に訪れ、「バブルガム・ピンク」に塗装された実機をテストライドしました。
その短さ、マイルドなスリル、そしてテーマを上乗せするベースとして完璧な設計であることを確認した上で採用。そこへ、当時のディズニー幹部が推進していたテレビアニメ『チップとデールの大作戦』のガジェットのテーマをオーバーレイしました。彼女がガラクタをリサイクルして作った手作りコースターという設定が、コンパクトなVekoma製コースターの規模感と完璧に合致したのです。
プロジェクトを率いたイマジニアたち
- ジョー・ランジセロ(Joe Lanzisero):リード・コンセプト・デザイナー / クリエイティブ・ディレクターとして、アナハイム版および東京版トゥーンタウン開発の総指揮を執った
- ジム・シュル(Jim Shull):アトラクション選定から現地視察、ショーデザインを直接担当したWDIクリエイティブ・ディレクター
- ドン・カーソン、マルセロ・ヴィニャーリ、マギー・パーら:ガラクタの造形やセットデザインを構築したデザインチーム
Gee, I didn’t think it would be this good.—— マイケル・アイズナー(当時CEO)、現地視察時にイマジニアたちへ向けて
最高の遠回しな賛辞とも取れるこの言葉が、イマジニアたちの仕事の質を何より雄弁に物語っています。
ボツ案が生んだ予期せぬ転用
トゥーンタウンの計画初期には、現在「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」がある場所に「くまのプーさん」のアトラクションが検討されており、回転するハニーポット型ライドとして設計がかなり進んでいました。しかし当時のCEO、マイケル・アイズナーの意向により急遽『ロジャー・ラビット』テーマへと変更。この時に開発されていた「回転するポット」の走行システムが、カートゥーンスピンの「イエローキャブ」の挙動へと転用されたという、驚きの裏話が残されています。
知る人ぞ知るトリビアと隠し要素
乗り場に貼られた「設計図」が語る物語

乗降プラットフォームの壁には、ガジェットが描いたコースターの設計図が数枚貼られています。よく目を凝らすと、「スリーリトルピッグ・コンストラクション・カンパニー(三匹の子ぶたが経営する建設会社)」のスタンプや、ミッキーマウス市長直筆の「APPROVED(承認)」サインが押されていることがわかります。
さらに、赤字で「REJECTED(却下)」とスタンプされた初期設計図も存在します。これはガジェットが現在の完成形に至るまでに何度も失敗と試行錯誤を繰り返した軌跡。却下された初期案は現在のコースよりも過激なレイアウトだったため、安全性を重視するミッキー市長に却下されたのではないか——と考察するファンも少なくありません。
生活感を演出する、細部へのこだわり
- 乗降プラットフォーム奥の「小さな青い扉」:ガジェットのプライベートルームや作戦会議室に通じているという設定が有力視されている
- 駅舎屋根の「風見鶏」:ガジェットのトレードマーク「ゴーグルをのせた巨大なレンチを掲げたシルエット」をかたどった金属製のオブジェ
- 壁に掛けられた「紫色の巨大ゴーグル」:「ついさっきまでガジェットがここで作業していた」という生活感(Lived-in feeling)を演出するためのプロップ
- ガジェットの顔が描かれた「郵便切手」:トゥーンタウンの発展に貢献した天才発明家として、郵便局が彼女のデザインを切手に採用したことを意味している
「ネズミサイズ」を体感させるガラクタの数々
コース周辺には、日常の道具を巨大化させた造形物が至る所に配置されています。マッチ棒やクリップで組み立てられた看板、黄色い木製定規が背もたれのベンチ、ボルトの頭部をそのまま水飲み場にした設備——これらすべてが、「私たちが今ネズミのサイズにいる」という世界観を物理的に証明するための装置です。
コース中には巨大なヘアコーム(櫛)、スープ缶、ミシン糸のボビンの中をすり抜けるように走行します。また、コースの巻き上げリフトの麓には巨大なティーポットや鉛筆削りが歯車や滑車として組み込まれており、これらが実際に回転することでコースターを引き上げる動力を「演出」しています。
隠れミッキーの在処
- リフト下の「ボトルキャップ歯車」:最初の巻き上げリフトのふもとに、ジュースの王冠を再利用した歯車が3つ噛み合う場所があり、そのシルエットがミッキーシェイプを形成している
- 降車口付近の設計図:壁に貼られた図面の細部をよく見ると、描かれた円の重なりがミッキーマウスの形になっている部分があるとされている
最高速度は「ビッグサンダー・マウンテン」に迫る?
子供向けコースターとして設計されているため「遅い」と思われがちですが、最高速度は時速約35kmに達します。東京ディズニーランドを代表するスリルライド「ビッグサンダー・マウンテン」の最高速度(時速約40km)と、わずか5km/hしか変わりません。コース全長が207mと短く、小回りの効く急カーブが多いため、体感速度は数値以上にスリリングに感じられるよう計算されているのです。
ガジェットの声を担当した実力派声優
出発前の安全説明アナウンスやQラインで聞こえるガジェットの声は、アニメ本編のオリジナルキャストが担当しています。英語版はベテラン声優のトレス・マクニール(Tress MacNeille)、日本語版は松井菜桜子さん。専用のライドBGMはなく、周辺ではトゥーンタウン共通のエリアミュージックが流れています。
海外パーク版との比較
世界のディズニーパークに存在する「姉妹アトラクション」
| パーク | 名称・特徴 |
|---|---|
| ディズニーランド(カリフォルニア) | チップとデールのガジェットコースター(2023年リニューアル) |
| マジックキングダム(フロリダ) | バーンストーマー(グーフィーのスタント飛行がテーマ) |
| ディズニーランド・パーク(パリ) | ケイシージュニア(ダンボのサーカス列車テーマ、自走式) |
| 香港ディズニーランド | オーケン・スライディング・スレー(アナ雪テーマ、全長298m) |
| 上海ディズニーランド | 同型のジュニアコースターは存在しない |
東京版だけが持つ「ミラーモデル」とチェーン式リフト
カリフォルニア版と東京版は、完全に左右対称の「ミラーイメージ(鏡写し)」の関係にあります。東京版はリフトヒルの頂上から「左」に旋回して岩山のトンネルへとファーストドロップします(カリフォルニア版は右旋回)。
また、東京版とフロリダ版は静音性を犠牲にして安定性を優先した「チェーン巻き上げ式リフト」を採用しています。タイヤ駆動式は雨天時にスリップによる緊急停止が起きやすいため、梅雨・台風・スコールが多い日本やフロリダでは、天候の影響を受けにくいチェーン式へ設計変更されたと考えられます。登る際の「カチャカチャ…」という金属音も、このアトラクションならではのクラシックな魅力の一つです。
2編成同時運行と、キャットウォークの充実
カリフォルニア版が1編成のみで運行するのに対し、東京版は2編成(各16名乗り)の同時運行が可能です。日本の厳しい建築・保安基準に対応するため、コーストラックのほぼ全域に避難用キャットウォーク(安全通路)が設置されており、ゲストの安全を最優先した設計が随所に見られます。
東京版だけの夏季限定「びしょ濡れ」バージョン
2026年7月2日〜9月14日、夏季限定スペシャルイベント「サマー・クールオフ」として、アトラクション初となる「ガジェットのゴーコースター”びしょ濡れ”バージョン」が実施されます。通常のカエルたちからの放水に加え、コース中央に臨時の放水装置や噴水が追加され、これまでにないほど大量の水でびしょ濡れになる特別演出が施されます。海外パークには一切存在しない、東京ディズニーランドだけの完全オリジナルです。
コース終盤のトゥーンレイクエリアでは、緑色のカエルたちが岩の上に座ってコースターに向けて放水してきます。一部ファンブログで「カエルの名前はルル」とする情報が見られますが、これは個人ブログの愛称との混同による誤認である可能性が高く、公式にカエルたちへの個別の名前設定はありません。
まとめ
「ガジェットのゴーコースター」は、ドイツで発見したコンパクトな機体にガジェットのDIY精神を重ね合わせた、イマジニアの発想力の結晶です。ゲストをネズミサイズに変えてしまう視覚トリック、ミッキー市長や三匹の子ぶたとのつながりを感じさせる緻密な世界観構築、日本の気候に合わせてチェーン式リフトへ設計変更した職人気質の判断——これらすべてが、1分間の乗車体験に詰め込まれています。次にトゥーンタウンを訪れる際は、ぜひキューラインを丁寧に歩き、ガジェットの庭に散らばるガラクタたちにじっくりと目を向けてみてください。
